今回は記事の後半でネタバレがあります。注意してください。

素晴らしかったですね。東野圭吾「秘密」。

妻・直子と小学5年生の娘・藻奈美を乗せたバスが崖から転落。妻の葬儀の夜、意識を取り戻した娘の体に宿っていたのは、死んだはずの妻だった。

僕は東野圭吾さんの作品はいろいろと読みましたけど、これまで読んだ作品は、ありえないような現象にも最後には合理的説明がつくパターンだったんですが(湯川学シリーズとかね。)、「秘密」の人格入れ替わりは完全にファンタジーで、その謎を解くという話ではないんです。話の中心は体が娘・藻奈美のものになってしまった直子と、その夫である平介がどのような道を歩んでいくか、ということ。このような東野作品は新鮮でしたね。
物語の出発点である人格入れ替わりこそファンタジーですが、それに続く物語はリアリティありますね。お互いに愛し合っていた夫婦が親子になってしまい、直子は小学五年生として人生を生きなおし、平介はこれまで通り社会人として生きて行く、そこですれ違いの起こってしまう、その切ない気持ちを丁寧に描き出していると思います。
切ない話ですが、笑えるシーンもあって、読むのが苦にならないのもいいですね。作者は当初はもっとコミカルな話にするつもりだったとか。
僕がこれまで読んだ東野圭吾作品のなかでも五指に入る作品。お薦め。

さて、ここから先はネタバレです。ずばりオチを言ってしまうので、すでに読んだ人、これから先読む気の無い人だけどうぞ。僕としては読んでもらいたいけどね。





社会的には親子として暮らしていた直子と平介でしたが、二人は愛し合っていて、家庭では夫婦として暮らそうとするわけです。しかし、二人とも徐々に埋めようの無い溝を感じていってしまう。そんな時、突然藻奈美の身体に本来の人格が戻ってくる。そして、直子はいなくなり、藻奈美はもとに戻り、やがて結婚する。しかし、実は藻奈美の人格が戻ってきたというのは、直子の悲しい嘘だった、という切ないラストなんです。
このラスト、僕はかなり早い段階で頭にあったんですよね。と言っても、オチを推理したわけじゃなくて、この二人が本当に幸せになるためには、直子が消えたことにするしかないだろうと思ってたわけです。とういうことで、僕は直子肯定派です。この話、直子と平介どちらに感情移入するかってのも話題になるんですが、僕は直子の肩を持ちますね。直子の最後の決断は、二人が新たなスタートを切るために自分が苦しみを背負ったんだと思うんだけど、どうでしょう?
秘密 (文春文庫)