チャイコのピアノ協奏曲第1番の話をしたのがちょうど1週間前だったかな?
ピアノ協奏曲といえば、これもなかなかかっこいいと思いますね。ラフマニノフ(1873-1943)「ピアノ協奏曲第2番ハ短調op.18」。フィギュアスケートの曲としてよく使われて、確か村主章枝高橋大輔選手もこの曲を使ってますよね。
この曲にも興味深いエピソードがあるんですよ。
この作品を書く以前、ラフマニノフは苦労を重ねて自信作「交響曲第1番ニ短調」を書き上げたのですが(彼はニ短調が非常に好きだったらしく「ニ短調作曲家」と呼ばれたりもする)、その初演は失敗に終わり、かなりの酷評を受けてしまったんです。そのことでラフマニノフはひどく傷つき、強度の鬱状態になってしまいました。その後、彼はニコライ・ダーリ博士という人の心理療法により徐々に回復し、その治療の中で書かれたのがこのピアノ協奏曲第2番だそうです。それで、なんでもダーリ博士の治療は催眠術を応用したものだったとか。そう言われれば、第1楽章のうねりのような部分は催眠術のような感じがする、かな?
初演はラフマニノフ自身のピアノ演奏で行われ、大成功だったそうです。そして、作品は恩人のダーリ博士に献呈されました。
それにしても、交響曲第1番の痛手が無ければ、そこからの回復の中で書かれたピアノ協奏曲第2番も存在しなかったかもしれません。「ピンチはチャンス」ですね。